(出典:『週刊文春』2025年8月7日号、みうらじゅん「人生エロエロ」第639回「あと1センチ届かない人生」)
人生を振り返ると、「もう少しで届くのに」という場面がたくさんあります。
先日、みうらじゅんさんの連載を読んで、思わず笑ってしまいました。
テーマは「あと1センチ届かない人生」。
身長が170センチに届かないことをユーモアを交えて語りながら、
「人生は結局、あと少し足りないものだ」とまとめていたのです。
ユーモラスな話で、すぐに忘れてしまいそうな軽いエピソードなのに、なぜか胸に残りました。
なぜなら、以前「身長が縮んでしまった」という、切実な話を聞いたことがあったからでした。
あと1㎝届かない人生に笑う
みうらさんは、自分の背丈が「170㎝にあと少し届かない」という現実を、笑い飛ばすエッセイにしていました。
そのユーモアは、読んでいて気持ちを軽くしてくれます。
1㎝縮んでしまった子どもの話
昔、私が親しくしていた魚売りのお爺さんの話です。
彼は群馬県太田市の出身で、小学校4年生のとき、新年度の4月には今の子どもたちと同じように身体測定を受けました。
そこで先生が告げたのは、信じられない事実でした。
「身長が1センチ縮んでいるね・・・」
そう、去年より、身長が1センチ縮んでいたのです。
栄養不足のせいでした。
当時の戦争下の影響で、成長期にあるはずの子どもが、伸びるどころか縮んでしまっていたのです。
数字を前に、先生も考えたのでしょう。
「去年と同じにしておくからね」と言って、帳面に書き込んでくれたそうです。
その一言に、私は今でも胸が詰まります。
子どもの未来が、戦争によって「あと1センチ届かなかった」のです。
笑える不足と、切ない不足
みうらじゅんさんの「あと1センチ」は、笑い飛ばせる足りなさ。
一方で、戦争下の子どもの「1センチ縮んでいた」という現実は、笑えない奪われた成長。
どちらも「届かない」という点では同じですが、その背景にあるものは、まったく違います。
だからこそ、私たちは笑える“あと少し”を大事にしたいと思うのです。
今日も、あと1センチ届かないことにため息をつくとき、
それを「人生の味わい」と呼べる世の中であってほしい。
1㎝が教えてくれること
人の人生には、笑い飛ばせる不足と、笑えない不足とがあります。
それでもどちらも「生きてきた証」です。
お爺さんの思い出と、みうらさんのユーモアを並べると、
「あと1㎝」という小さな差が、人生の大きな意味を教えてくれるように思えます。
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