デフリンピックも終わりましたね。ご関係の方、お疲れさまでした。
この期間、いろいろな催しも開かれて、「聴覚障がいのある人にもちゃんと情報を届けよう」という動きが、前よりずっと当たり前になってきたように感じます。とてもいいことだなあと思っています。
ふだんは、手書き文化協会のスタッフのひとり「手書き」寄りの仕事をしているのですが、ときどき、要約筆記の現場にもお手伝いで入ることがあります。パソコンを使った要約筆記の“裏方”のようなことも、ちょこちょこしています。
そういった現場にいるとどうしても気になることがあります。
それが、その要約筆記について、「要約筆記者が全然足りていない」という現実です。
要約筆記って、外から見ると「話を聞いてパソコンで打つ人たち」くらいに見えるかもしれません。
でも、実際にやってみると、けっこうな“わざ”が必要です。
講習会や講演会などでは、たいてい二人一組で、波のように交代しながら打っていきます。
専用のシステムの画面には、それぞれの入力枠が並んでいて、全員で共有します。
Aさんが先に打ち始める。
Bさんはそれを横目で見ながら、「このあたりまではAさんが拾うだろうから、自分はこの先から入ろう」と、ほぼ反射で判断します。
しかも、その間にも講師はしゃべり続けているので、ボンヤリするヒマは一瞬もありません。
要約筆記といっても、もちろん「ただ短くする」だけではなくて、
- 接続詞を足したり引いたりして、意味の流れをわかりやすくしたり
- 文法を整えて、読みやすい文章に変えたり
といったことも、リアルタイムでやっています。
講師が言い間違えることもありますし、「今のはそのまま打つと逆の意味になっちゃうな」といった場面もあります。
そういうときは、さりげなく補ったり、修正したり。
つまり、耳も手も頭もずっとフル回転です。
それに加えて、キーボードは「爆速」がほぼ必須です。
自分の入力枠を打ちながら、隣の枠もチラチラ確認して、前の人と矛盾が出ないように調整する。
声を出して相談している余裕はないので、「あ、ここは任せて、私は次に行こう」といったコミュニケーションも、ほぼ無言でやりとりします。
込み入った話などになると、それらを二人ペアどころか、何と三人でやったりすることも出てきます。正直、曲芸を見ている気分です。
…こうして書いてみると、「そりゃ人手不足にもなるよね」と納得してしまいます。
「でも今はAIがあるから、前よりラクなんじゃないの?」と最近はよく言われます。
はい、ご明察です。AIはたしかに、以前と比べてかなり賢くなりました。
アナウンサーのように滑舌の良い方が、はっきりした標準語で話してくれる場合は、かなりの精度で文字にしてくれることも増えています。
そういうときは、「わあ、すごいな」と素直に思います。
ただ、現実の現場に来てくださる講師の方は、必ずしもそうとは限りません。
- モゴモゴっとした話し方の先生
- 方言が強めの方
- 専門用語のオンパレードな講義
- マイクの不調
こういう条件が重なると、AIはとたんに迷子になります。
時々、「なんじゃそれはーー!!」という単語を、堂々と画面に出してくることもあります。プライベートな場面なら良いお笑いネタになってくれるかもしれませんが、重要な会議でとなると、出している方の人間性が問われることにもなりかねません。
結局、人間が横で目を光らせていないといけないことになります。
また、標準の要約筆記システムAIは、講師がしゃべった言葉を、ほぼ一言残らず拾おうとします。(*)
本来、人間だけでやっていれば「ここは飛ばしても意味は伝わるな」と判断して、最初に削られるはずの言葉まで、全部入ってきます。
その中から、「残す言葉」と「削る言葉」を瞬時に選別した上での訂正になるので、これはこれで別のしんどさがあります。
そのせいか、「AIを使うと、かえって疲れる気がする」と感じている要約筆記者も、少なくありません。
もちろん、システム開発をされている方々には感謝しかありません!これからも技術の発展には大いに期待しています。
ただ、「その高度なシステムを十分に使いこなせる人を、探そう、育成しよう」という方向にだけ行こうとすると、やっぱり人手不足は避けられないだろうな、と感じています。
私は「ことのは便」という、手書きの言葉を使った取り組みにも関わっています。
こちらはリアルタイムではなく、ゆっくりと時間をかけて、自分の気持ちを書き出していくための仕組みです。
要約筆記は、その場ですぐに「情報」を届けるためのもの。
ことのは便は、日常の中で「気持ちの置き場」をつくるためのもの。
方向性はずいぶん違いますが、
どちらも「言葉を、相手に届く形に整える」という点では、同じ場所に立っているのだと思っています。
聴こえにくさがあるかどうかに関わらず、
私たちはみんな、ときどき「うまく言葉にならない」ものを抱えながら生きています。
それを少しでもわかりやすい形にしたり、
誰かと共有できるようにしたりすること。
それは、情報保障の現場でも、手書きの現場でも、共通して大切にしていきたいことだな、と感じています。
情報保障が当たり前になってきた今だからこそ、
その裏側で動いている人のことや、そこに込められている「言葉への手間ひま」にも、すこし思いを寄せてもらえたらうれしいです。
手書き文化協会 スタッフ
(田中)
(*)今は、自動で話の要約までやってくれるような、すばらしい仕組みも出てきていますが、リアルタイムで使うのは現時点では難しい)
